top of page
源氏五十四帖 第40帖 御法

源氏五十四帖 第40帖 御法

源氏物語五十四帖は、源氏の一生と、その子薫君の生涯にまたがって書かれた最古の長篇小説です。

 

紫上は永わずらいの後、一層病勢がつのったので、源氏の歎きは限りもありませんでした。そこで、法華経千部の供養を二条院で挙行し、病気平癒の祈願を込めました。三月十日、うららかな花盛り、帝・東・皇后、それに花散里。明石上も参列しました。その折、紫上は明石上や花散里と悲しい歌の贈答をして僅かに心を慰めました。
夏になって、例年の暑さのため、紫上の衰弱は増し加わりちょうどその時分、明石中宮が、久々で二条院に来られ、紫上と静かに物語などなさいました。紫上は、中宮の若宮たちを見るにつけ、この人たちが成人するまで生きていたいものだと、弱音をこぼされました。
秋近くなって涼風が立ち初めると、紫上の病勢は少しやわらぐように見えたが、心細く涙がちになりました。明石中宮が宮中へ帰られる日も近づいたある夕暮、紫上が庭の景色を見ようと、脇息によりかかっているところへ、源氏が見舞にやって来ます。三人は、あわれ深い歌など作って互いに贈答しあい、紫上は中宮に心配しないで宮中へ帰るように言って凡帳を引き寄せ床に臥しました。
中宮は紫上の手をとって、消えゆく露のように頼りないその生命に泣きじゃくるのでした。その夜、紫上は、四十三才を一期に、あえなくこの世を去りました。
翌日、気を引き立てて葬儀をすませた源氏が、人に寄りかかり、空を歩む心地の姿を見ては、物知らぬ下衆さえ、涙しない者はありませんでした。
夕霧も裏に服して朝夕念仏を唱えていました。秋好中宮や致仕大臣(頭中将)からも、落胆した源氏を見舞う手紙が来たが、源氏は、ひたすら後世をのみ願いました。

 

源氏五十四帖

海老名正夫原画

製作32年

技法 木版画

サイズ 33×23.5

マットサイズ

額装サイズ

    ¥4,400価格
    料金オプション
    第40帖 御法
    サブスクリプション
    ¥4,400キャンセルまで、毎月
    bottom of page